私がアル添酒があまり好きでなく、純米造りを好んでいるので、
表題のようなことを、よく聞かれたりします。
そういう時に、現状の私の認識では、期待を裏切るようなことを言わねばならないのが
苦痛です。
おそらく、製造に関わる人に、
同じ量を飲んだ場合、悪酔いしやすいのが、アル添酒か純米酒かどちらかと尋ねれば、
「たいして差はないけど、強いて言えば、純米酒のほうだろう」と答える人も
少なくないように思います。
例えば、ここにアルコール度数16%のもろみがあります。
このもろみの半分を、そのまま搾って純米にします。
そして残りの半分のもろみには、
30%濃度の醸造アルコール(純粋なエチルアルコール)をアル添したとします。これを、
さらに水で割って、アルコール16%に調整します。
この2つ、どちらが酔いにくい代物かというと、
やはり後者(エタノールを加えた後、加水して元のアルコール度数に戻したほう)でしょう。
前者の「純米酒」は、酵母の発酵物そのままの濃厚なエキスです。
しかも、アルコール成分を見ると、構造が単純なエチルアルコール(エタノール)のほか、
発酵過程で産出される数種類の高級アルコール(フーゼル油)が、けっこう含まれています。
この高級アルコールは、炭素が多くくっついているため「高級」と呼ばれるのですが、
構造がやや複雑なので、エチルアルコールより、肝臓での分解が面倒みたいです。
これに対し、「アル添酒」は、あらゆるエキスは低くなる一方、
アルコールの構成に関しては、あとから添加したぶん、エチルアルコールの比率が、
高くなっています。
ということで「同じもろみを、純米とアル添とにわけて造った場合」については
エキスが薄くて、エタノールという単純なアルコール成分が多くを占める
「アル添酒」のほうが、ビミョーに酔いにくいのでは? と、私には推論されます。
そんなかわんないと思いますが、強いて言えば、です。
昔、本格焼酎がブームになる前、
「日本酒より、焼酎が酔いにくい」などという風説が流れましたが、
まあ、意味合いは同じです。
アル添の技法は、昔は「柱焼酎」と呼ばれてました。
このように、アル添酒とは「純米酒の焼酎&水割り」とも言えるかもしれません。
純米酒より飲みやすくなるような感じが納得してもらえるでしょうか。
となると、もしかして、アル添酒は、純米酒より飲みやすいために、
結果的にたくさん飲む=酔う=悪酔いする
という逆説は成り立つかもしれません。
(注:上記までの説明は、本醸造や吟醸のような中~高級ランクのアル添酒と、
同クラスの純米酒の比較について、成り立つはずです。
ただ、普通酒などの、増醸酒については、話が違ってきます。
普通酒では、大量のアル添を行うことができるので、メーカーによっては、
純米酒などとは比べようもないほど、濃いもろみを造ることもあります。
さらにアル添後、糖類や酸味料を入れるメーカーもあります。このため、
やや通常の酒とは、エキスの構成が違っており、もしかして製造法によっては、
悪酔いをさそうような成分が、多く入っていることがあるかもしれません)
さて、結論になりますが、
一般的な成分構成を考えると、純米酒はエキスが濃く、ボディがあり、アル添より飲みごたえがあり、
体が分解しやすい成分ばかりというわけでないので、もしかして、いささか酔いやすいかもしれません。
ただし、これは理論的な話。
けれど、実際の製品を見てみれば、
酵母によって高級アルコールをはじめ種々の成分の産出量はちがうし、
醪運びが失敗すれば、一瞬にして成分はすべて変わるし、
さらに製品はそれぞれ加水などを行ったりしてバランスを整えていますし、
アル添酒は、アルコール添加するために多少濃く造ったりもすることを考えれば、
まあ、アル添も純米酒も、同じようなものだと言えると思います。
ぶっちゃけ、利き酒してもわからないことも多い。
新酒鑑評会の出品酒みたいな酒で、
みんなだいたい同じ原料の、同じような造りで、醸した酒を、綿密に利き酒した場合、
なんとなくわかったりするくらいです。
先日の新酒鑑評会の研究会でも「おたく、もしかして純米ですか?」とか「これ、
純米っぽくない?」みたいな会話で、盛り上がったりするくらいです。
(そしてだいたい外れます—-)
どこのメーカーも製品アルコール度数も違うし、アル添するにしても量はばらばら。
調整用にちょっと入れるだけのメーカーもあります。
味の造りについても、
「あの蔵の本醸造は、この蔵の純米酒より濃くて純米っぽい」なんてことはいうのはざら。
ということで、実際の製品の成分というレベルでは、
本醸造クラスのアル添では、アル添酒と純米酒において、
綿密にふたつを分ける傾向が存在するとは言いがたいのでは? と思います。
だから、どちらの酒が酔いやすいかなどということは、論議できないと思います。
正しく言えるのは、醸造アルコールが、悪酔いを引き起こすという言い方は
間違いで、むしろ、これは体が最も分解しやすいアルコールです。
カクテル、リキュール、チューハイの原料になるアルコールなのですから。
現場では、酒をライトで飲みやすくするため入れているのです。
純米が好きすぎるあまり、アル添そのものを否定せんがために
事実と異なることが流布しても、結局は純米酒のためにならないし、
良くないことと思います。
問題にしなければならないのは、大吟醸などといった高級酒に至るまで、
アル添がいまだに続けられている理由や目的に関係あるのですが、
「飲みやすい」とか「酔いにくい」といった
特徴ばかりが、「好ましい酒の指標」となれば、
酒の文化そのものが否定されかねないことだと思います。
飲みやすいものが良ければ、自分でアルコール薄められる蒸留酒が有利です。
で、実際、みんなが「本格焼酎」を飲むようになったわけです。
もっと飲みやすさを追求すれば、「本格焼酎」=「乙類焼酎」よりも、
「甲類焼酎(カクテルやチューハイのベースになるなんの味もしない焼酎)」
のほうが、癖がなくて、酔いにくくて、しかもめちゃくちゃ安いので、みんなそっちにいきます。
味気なさすぎるので、水割りでは面白くなく、カクテルやチューハイにして飲まれますよね。
もはや、最近、ビールすら飲まれないといいますが、
飲みやすさ至上主義の世であれば、ビールは苦いので、当然敬遠されるでしょう。
最終的に、飲みやすく/酔いにくい飲み物が良いならば、話は簡単、
「酒を飲まない」のが、解決方法。
オレンジジュースやウーロン茶でもすすっていれば良い、ということになります。
こうした価値観や嗜好が行き着くところまで行くと、酒文化にとっては、
あまり嬉しくないことが起こりそうですね。
日本酒をはじめとする醸造酒は、長い歴史を持つ「発酵文化」の産物です。
(その本質は、純米でこそ表現できるように思うので、私は純米造りを好みます)
そういう視点から、日本酒を見直すならば、
綺麗とか、飲みやすいとか、酔いにくいとかばかりでなく、
リキュールや合成酒ではありえない、
飲みごたえのある面とか、複雑な味わいとか、日本酒独特の、
そして発酵食品としてのさまざまな魅力を積極的に評価し、
そうした価値を伝えてゆくことも必要では—-と思います。